浦和地方裁判所 平成元年(ワ)746号 判決 1992年5月15日
原告
野口浩之
被告
慎島広明
主文
一 被告は、原告に対し、金一九七三万一五六八円及びこれに対する昭和六一年二月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金七六六四万六八円及びこれに対する昭和六一年二月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生(左記の事故を、以下「本件事故」という。)
(一) 日時 昭和六一年二月九日午後三時ころ
(二) 場所 埼玉県北埼玉郡北川辺町大字本郷七四七番地先河川敷内
(三) 加害車両 自動二輪車(車両番号RJ一一A―一〇一一四三)
運転者 被告
(四) 被害車両 自動二輪車(車両番号JE〇一―一六〇〇九〇一)
運転者 原告
(五) 態様 加害車両と被害車両が正面衝突し、原告が重症頭部外傷(脳挫傷兼気脳症)、頭蓋骨骨折、顔面、胸部打撲擦過傷等の傷害(以下「本件傷害」という。)を負つたものである。
2 責任
本件事故場所は、渡良瀬川河川敷内に自然にできあがつたオートバイのモトクロスコース(以下「本件コース」という。)で、原告と友人の二人がモトクロスの練習をしていたところ、途中から、被告がもう一人の者と一緒に来て、原告らのグループがコースから出て休憩すると、代わつて被告らのグループがコースに入つて走行するということを繰り返しながら交互に練習していたものであるが、本件事故の際には、原告が走行しているときに被告も本件コースに入り、原告と反対回りで走行してきたため、正面衝突の事故になつたものである。
本件コースは、周囲に草が生い茂つているため、一旦、コース内に入ると、周囲からどこを走行しているか全く分からなくなる場所であり、また、凸凹があるため、正面からきても直前まで相手を発見することが困難な場所である。しかも、不特定多数の者が出入りする河川敷であり、コース自体に管理者や監督者が置かれておらず、ルールを表示する立看板などもなく、走行ルールが定まつていなかつた。そのため、後から本件コースに進入する者は、オートバイの音に注意をするか、入口でしばらく様子をみるなどして既にコース内で運転しているオートバイの有無や走行方向を確認し、同一方向へ走行すべき義務があつたが、被告はこれを怠り、原告と反対回りをして本件事故を引き起こしたものであるから、民法七〇九条により、原告の被つた損害を賠償する責任がある。
3 損害
(一) 治療費 合計 一二二万四九〇〇円
原告は、本件事故により、本件傷害を負い、次のとおり小山脳神経外科内科病院等に入通院をして治療を受けたが、その治療費は合計金一二二万四九〇〇円であつた。
(1) 小山脳神経外科内科病院 四六万七七三〇円
(2) 埼玉医科大学付属病院 四七万四四八〇円
(3) 埼玉県障害者リハビリテーシヨンセンター 二七万八五七〇円
(4) 東松山市民病院 四一二〇円
(二) 付添看護費 合計 一〇一万七〇一七円
原告は、昭和六一年二月九日から同年六月一一日までの小山脳神経外科内科病院入院中、次のとおり付添看護を要した。
(1) 近親者付添分 二万四〇〇〇円
昭和六一年二月九日から同月一四日までの六日間は、近親者が付添看護したが、その間の看護料は、一日当たり四〇〇〇円で、計二万四〇〇〇円に相当する。
(2) 職業付添人分 九九万三〇一七円
同年二月一五日から同年六月一〇日までの一一六日間は、職業付添人が付添看護をし、付添費用として金九九万三〇一七円を支出した。
(三) 入院雑費 一〇一万五二〇〇円
原告は、本件事故により昭和六一年二月九日から同年六月一一日まで小山脳神経外科内科病院に、同日から昭和六二年五月三一日まで埼玉医科大学付属病院に、昭和六二年九月二八日から昭和六三年九月二九日まで埼玉県障害者リハビリテーシヨンセンターに各入院した。この間の入院雑費は、一日当たり一二〇〇円に相当し、原告は、右のとおり、八四六日間入院しているので、この間の入院雑費は、合計一〇一万五二〇〇円に相当する。
(四) 休業損害 七三三万円
本件事故日から埼玉県障害者リハビリテーシヨンセンターを退院した昭和六三年九月末日ころまで、原告は、一切の仕事に従事できず、本件事故当時原告が勤務していた株式会社ホンダライフも本件事故の直後である昭和六一年二月二〇日に退職せざるをえなくなり、本件事故のため収入がこの間全く得られなかつた。
原告は、昭和三六年一二月一〇日生まれで、本件事故当時は二四歳であつたから、昭和五九年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模一〇から九九九人・学歴計の年齢階層別平均給与額を一・〇三〇六倍したものをもとに算定した年齢別平均給与額表に基づき、原告の昭和六一年二月から昭和六三年九月までの休業損害を計算すると、次のとおり合計七三三万円になる。
(計算式)
昭和六一年二月分から一二月分まで
二一万七〇〇〇円(二四歳の月額平均給与)×一一=二三九万四七〇〇円
昭和六二年一月分から一二月分まで
二二万九四〇〇円(二五歳の月額平均給与)×一二=二七五万二八〇〇円
昭和六三年一月分から九月分まで
二四万二五〇〇円(二六歳の月額平均給与)×九=二一八万二五〇〇円
合計七三三万〇〇〇〇円
(五) 逸失利益 八八五四万六三三〇円
原告には、本件事故により、左片麻痺、両側顔面神経麻痺の体幹機能障害や、記銘力、計算力の低下などの精神知能障害、視力低下(右眼の視力が一・五から〇・二に低下)の後遺障害が残つた(左片麻痺の体幹機能障害のみで、身体障害者等級五級の認定を受けている。)。
原告は、神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができなくなり、かつ、一眼の視力が〇・六以下になつたものであるから後遺障害等級四級に該当すべきものであり、労働能力喪失率を一〇〇分の九二とし、昭和六三年一〇月分から一二月分までを二六歳の前記年齢別平均給与額で計算し、平成元年以降六七歳に達するまでを学歴計の全年齢平均給与額四三四万七六〇〇円に新ホフマン係数二一・九七〇四を適用して計算すると、原告の後遺障害逸失利益は合計八八五四万六三三〇円となる。
(計算式)
昭和六三年一〇月分から同年一二月分まで
二四万二五〇〇円×三×〇・九二=六六万九三〇〇円
平成元年一月以降六七歳までの分
四三四万七六〇〇円×〇・九二×二一・九七〇四=八七八七万七〇三〇円
(六) 慰謝料 一七〇〇万円
原告は、本件事故により、本件傷害を負い、昭和六一年二月九日から昭和六三年九月二九日までの間、小山脳神経外科内科病院、埼玉医科大学付属病院、埼玉県障害者リハビリテーシヨンセンター等に入通院をし、また、昭和六三年一一月二六日以降は東松山市民病院に通院しなければならなくなつた。また、原告は右傷害のため、若くして体幹機能障害、精神知能障害、視力低下等の後遺障害を残すこととなつた。このような原告の傷害の部位、程度、入通院期間、後遺障害の部位、程度を考慮すると、原告の本件傷害に対する慰謝料は四〇〇万円、後遺障害に対する慰謝料は一三〇〇万円の合計一七〇〇万円が相当である。
(七) 弁護士費用 六九六万円
原告は、本件事故による損害賠償を被告に請求するため、原告訴訟代理人に本訴の提起・追行を委任した。したがつて、弁護士費用として六九六万円を被告に負担させるのが相当である。
4 よつて、原告は、被告に対し、右不法行為に基づく損害賠償として、金七六六四万六八円及びこれに対する不法行為の日である昭和六一年二月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2(一) 請求原因2の事実中、原告と被告が本件コースを反対回りで走行し、正面衝突の事故になつたこと、本件コースは、周囲に草が生い茂つているため、一旦、コース内に入ると、周囲からどこを走行しているか全く分からなくなる場所であり、また、凸凹があるため、正面から走行してきても直前まで相手を発見することが困難な場所であることは認め、その余の事実は否認する。
(二) モトクロスは、道なき原野を践渉横断する競技であり、道路交通法の適用を受けることなく自由に、しかし、危険を冒してまで行う競技である。したがつて、本件のような場所でモトクロスを行う者は、危険を予見し、予見しうべき状況下において行うのであるから、これを各自の責任において行うべきで、他人に責任を負わせるべきではなく、被告に責任はない。
(三) 本件コースは、昭和五八年にモトクロスの愛好者達が、ホンダの公認コースを参考にして整備したもので、右整備以来、左回りで走行することが慣行になつている。本件コースは、コース内に入ると、周囲の状況が全く判らなくなり、誰が何処をどの方向に走つているか確認することができなくなる場所であるため、左回りという方法が慣行として存在するのである。本件事故は、原告が、左回りの慣行に従わず、右回りをしたために発生したのであり、左回りの慣行を厳守していた被告に本件事故に関する責任はない。
3 同3の事実は知らない。
第三証拠
本件記録中の書証目録、証人等目録各記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1について
請求原因1(事故の発生)の事実は、当事者間に争いがない。
二 請求原因2(責任)について
1 同2(責任)の事実中、原告と被告が本件コースを反対回りで走行し、正面衝突の事故になつたこと、本件コースが、周囲に草が生い茂つているため、一旦、コース内に入ると周囲からどこを走行しているか全く分からなくなる場所であり、凸凹があるため、正面から走行してきても直前まで相手を発見することが困難な場所であることは、当事者間に争いがない。
2 前記争いのない事実、成立に争いがない甲一号証の二、四ないし七、一〇、一一、一六、証人芝原道治、同黒田江平太の各証言、被告本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 本件コースの状況
(1) 本件コースは、渡良瀬川に掛かる三国橋の下流五キロメートルの地点で、渡良瀬川と利根川の合流地点付近の渡良瀬川の西側の河川敷にある。本件コースには、渡良瀬川に向かう砂利道を挟んで左右二箇所にコースがあり(以下、渡良瀬川に向かつて、右側のコースを「右コース」といい、左側のコースを「左コース」という。)、さらに、左コース内には、西側の比較的大きなコースと、東側の比較的小さなコースの大小二つのコースがある(以下、西側のコースを「メインコース」といい、東側のコースを「サブコース」という。)。左コースと右砂利道の間は、広場になつており、本件コース利用者は、右広場を駐車場として利用し、ここからオートバイに乗り、メインコースに出入りするようにしていた(以下、右広場を単に「広場」という。)。
(2) 本件コース中、右コースは、昭和五八年以前からあつた。左コースのうち、メインコースは、昭和五八年秋ころモトクロスの愛好者たちが、右コースや埼玉県比企郡川島町所在のホンダエアポート内セーフテイパーク埼玉等を参考にして造設した一周約九八〇メートルのコースであり、サブコースは、本件事故の数か月前に造設したものである。
(3) 本件コースの所在する河川敷は、建設省利根川上流工事事務所古河出張所の管理に係るが、本件コースの設置と利用は右出張所に無断で行われ、黙認されている状態であつた。同コースには、管理人や走行方法を指示した看板等はなく、自由に不特定多数人が出入りしていた。
(4) 本件コースは、周囲に草が生い茂つているため、一旦、コース内に入ると周囲からどこを走行しているか全く分からなくなる場所であり、また、凸凹があるため、正面から走行してきても直前まで相手を発見することが困難な場所であつた。しかも、コースの幅が狭く一台しか走行できない所が多かつたため、同時に逆方向に進行した場合には、衝突の危険があつた。
(二) 本件事故に至る経緯
(1) 原告と訴外芝原道治(以下、同人らを「原告ら」といい、訴外芝原道治を「訴外芝原」という。)は、昭和六一年二月九日午前一〇時ころ本件コースに到着した。このとき、左コースには、誰もおらず、右コースには、すでに何台かのオートバイが停まつていた。そして、原告らは、同日一〇時三〇分ころメインコースを左回りに回り始め、次に同コースを右回りに回つた。その後、メインコースとサブコースを繋げ、サブコースを左回りに、次いでメインコースを右回りに回るという「8」の字型の走行を開始した。
(2) 原告らは、同日昼頃、広場で休憩をとつたが、そのころ、被告の車が広場に到着した。なお、原告らと被告は、顔見知りではなかつた。
(3) 被告は、同日午後一二時三〇分ころメインコースで一回目の走行を開始した。被告は、この走行開始時にスタート地点に立つて一、二分待機し、コースの中に誰もいないことを確認したうえ、ゆつくりした速度で路面の状況を確認しながら、メインコースを左回りで二周し、その後加速して七、八周して中断した。このとき、メインコースには他のオートバイはいなかつた。
被告は、午後二時ころ、二回目の走行を開始し、午後二時一五分ころまでの間に、メインコースを左回りで一〇周位走行した。右二回目の走行中、被告は、同コース内において、原告らとは別のオートバイ二台が走行しているのを追い越した。
(4) 他方、原告らは、午後一時三〇分ころから、再び走行を開始し、二、三〇分走つては、休憩することを三回位繰り返した。原告らが左コースを走行中、訴外芝原は、メインコースが広場と接する地点付近で左回りに走行してくるオートバイに出会つたので、一旦停止し、「今は右回りに回つている」と告げたところ、同オートバイは、訴外芝原に反論することなく、コースから出て、広場に戻つていつた。訴外芝原は、走行中他にもメインコースを左回りに進行しているオートバイ一台に出会つたが、右走行中、原告らは、被告が走行しているところには出会わなかつた。
(5) 原告らは、何度目かの休憩後、午後二時三〇分ころ、走行を開始した。三〇分位前記(1)と同様の「8」の字型の走行をした後、訴外芝原が、メインコースが広場と接する部分で、かつ、後記(6)の訴外黒田江平太(以下「訴外黒田」という。)及び被告の進入箇所を通り過ぎた地点で停車して、後ろから走つてくる原告に「休もう。」と言つた。原告も停車して、「まだ走る。」などと言つて訴外芝原と会話を交わした後、再び、右回りでメインコースを走つていつた。
(6) 被告は、前記(3)の二回目の走行を終えて、広場へ戻り、待ち合わせをしていた友人の訴外黒田と会い、同人にコース内で走行中の写真をとつてもらうこととなつた。
訴外黒田は、午後三時ころ、被告の写真を撮影するため、徒歩でスタート地点からメインコースに左回りで入つていつた。訴外黒田がコース内に入つていつた時、原告らは右(5)のとおり停車中で、左コースからオートバイの音は聞こえなかつた。被告は、走行準備を済ませ、訴外黒田がコース内に入つた数分後にオートバイに乗つて、スタート地点から左回りに入つていつた。この時、広場にナートバイはなかつたが、左コースからオートバイの音が聞こえなかつたため、被告は、コース内に入る前に一時待機する措置をとらなかつた。
被告は、スタート地点からメインコースを三、四〇メートル走つた地点で訴外黒田を追い抜き、さらにメインコースを左回りで走行していつた。被告が訴外黒田を追い抜いたとき、訴外黒田は、前記(5)の場所で停車している原告らを発見した。
(7) 原告は、前記(5)の後、さらにメインコースを右回りに進行し、同コースを左回りに進行してきた被告と正面衝突した。衝突地点は、右回りに走行すると、わずかに右にカーブするゆるやかな上り坂の頂上で、幅員は一・〇メートルで、見通しが悪い箇所であつた。また、同地点は、左回りに進行すると、幅員一・七メートルのほぼ直線で、やや上り坂になつた見通しが悪い箇所であつた。
3 被告の過失
(一) 左回りの慣行の存否
(1) 成立に争いのない甲一号証の二〇、同一〇号証の三、弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる甲一〇号証の二によれば、次の事実が認められる。
ア 日本におけるモトクロス競技運営団体である日本モーターサイクル協会(以下「MFJ」という。)が承認又は公認したモトクロス競技会や講習会においては、その主催者が右回りか左回りかを指定し、その指定に従つて同一方向に走行することとされている。
イ 埼玉県内には、MFJ埼玉県支部が運営するモトクロス練習場としては、前記ホンダエアポート内セーフテイパーク埼玉の外の一つ、計二箇所の練習場が存在するが、右練習場において練習する場合には、必ず管理人が右回りか左回りかを指定している。左回りを指定するのが原則であるが、右回りを指定することもある。
以上の事実によれば、モトクロス競技について、一般に左回りの原則があるということができないことは明らかである。
(2) そこで、本件のメインコースについて、左回りの慣行というべきものがあつたか否かについて検討する。被告は、メインコース作成の際、前記ホンダエアポート内セーフテイパーク埼玉等を参考に作つたもので、左回り用に作られているとの供述をしている。また、証人黒田江平太は、被告の供述と同様の証言をするとともに、本件事故までに、多数回メインコースを訪れて練習をしていたが、いつも左回りをしていたとの証言をしている。さらに、証人芝原道治も、左コースを従前五回程度訪れた際には大体左回りで走行したとの証言をしている。右証言や供述に加え、原告らも、本件事故当日当初はメインコースを左回りしたこと(前記2(二)(1))、訴外芝原が出会つた他の二台のオートバイも左回りをしていたこと(前記2(二)(4))を考慮すると、メインコースにおいては、左回りをすることが多かつたということは可能である。
(3) しかし、MFJが運営する右ホンダアエポート内セーフテイパーク埼玉の練習場においてすら右回りが指定されることがあることは右(1)のとおりであり、まして、メインコースには、管理人や走行方法を指定した看板等の設置がなく、自由に不特定多数人が出入りしていたのであるから(前記2(一)(3))、右回りで走行する者がありうることは容易に予想しうるところである。そして、原告らがメインコースを右回りで走行していた際、訴外芝原が他の走行者に対し右回りで進行していた旨告げても、何らの反論がされなかつたこと(前記2(二)(4))も考慮すると、メインコースにおいて、左回りの慣行が確立していたということまではできない。
(二) メインコース進入の際の注意義務
(1) 前掲甲一〇号証の三、弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる甲八号証、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、一般に、モトクロス競技は、急勾配、窪地、屈曲のあるコースを走行するスポーツで、同時に逆方向に走行した場合には、衝突の危険があるため、MFJ国内競技規則においても、競技中に逆方向に進行してはならないことが義務付けられていることが認められる。
(2) とくに、本件メインコースは、一旦コース内に入ると、周囲からどこを走行しているか全く分からなくなり、正面から来ても直前まで相手を発見することができないのであるから(前記2(一)(4))、衝突を避けるためには、同一方向に走行することが重要であつた。
(3) そして、右(一)のとおり、メインコースについて、左回りの慣行が確立していなかつた以上、メインコース内の走行のためにオートバイで進入しようとする者は、進入の際、他のオートバイから発生する音の有無を確認するほか、場合によつては数分間待機して、自己より前にコース内を走行している音の有無を確認し、自己より前に走行している者がいることが判明した場合には、右の待機の方法により、その者の走行の方向を確認して同一方向で走行すべき義務があつたというべきである。メインコースの周囲は約九八〇メートルであるから(前記2(一)(2))、時速四〇キロメートルで走行した場合にも、約一分三〇秒で一周することが可能であり、出入口付近で数分間待機すれば、他の走行者の有無及び走行方向を確認することができるのである。
(三) 被告の過失
(1) ところが、被告は、三回目にメインコースに進入する際、左コースからオートバイの音が聞こえなかつたため、メインコース内にオートバイがないと判断してメインコースに進入し、進入前に待機する方法を講じなかつたものである(前記2(二)(6))。
(2) しかし、原告らは、本件事故当日、被告が走行を開始した後も、左コースの走行を繰り返していたのであり(前記2(二)(4))、また、被告が三回目に進入する際には、広場にオートバイがなかつたのである(前記2(二)(6))から、メインコース内からオートバイの音が聞こえなくとも、原告らがメインコース内において何らかの事情で一時停止していることもありうることを予見すべきであつた。そのため、被告としては、メインコース進入の際に、一時待機して他の走行者の有無やその走行方向を確認すべき義務があつたというべきで、右の一時待機を行わなかつた被告には、過失があるといわなければならない。
(3) 右の点について、被告は、コース内で停止することは危険であり、他の走行者がコース内で停止することまで予見することはできないという趣旨の供述をしている。しかし、コース内の停止が危険であつても、何らかの事情で停止することは避けえないことである。前掲甲一〇号証の三によれば、MFJの国内競技規則においても、競技中にコース内の停止がありうることを予定し、ただ、停止した場合には、車両をコース脇に寄せる義務を規定していることが認められ、この事実からも、被告はコース内の停止がありうることは予見しえたというべきである。
(四) なお、被告は、モトクロスを行う者は各自の責任において行うべきで、本件事故に関する被告の責任はないと主張し、右主張に副う被告の供述もあり、また、前掲甲一〇号証の三によれば、MFJ国内競技規則では、競技会開催期間中の傷害は自ら責任を負うものとする旨規定されていることが認められる。しかし、右規定は、競技会、練習場の主催者が走行方法を指示し、競技者が競技の主催者の指示に従つている状況での規定であり、本件コースのような走行方法について指示する者のいないコースにおいて適用されるものではないと解するのが相当である。また、右被告の供述は、MFJの右規定について供述したものと認められるので、被告の供述をもつて、被告の責任を否定することはできない。
4 過失相殺
しかし、他方において、原告は、練習中に進行方向を変えるという危険な走行や、メインコースとサブコースで回り方が異なる「8」の字走行といつた危険な走行をしており(前記2(二)(1)及び(5))、被告ほかの練習者が本件コースに来ていることを認識しながら、いたずらに走行中にコース内で停止し(前記2(二)(5))、見通しの悪い本件コースで原告がメインコース内にいることを被告に知らせる一つの有力手段であるオートバイの音を止めるなどという軽率な行動をとつた。右の原告の過失は被告の過失に比して大きいというべきで前記認定の諸般の事情を勘案してみると、本件事故における原告の過失割合は、八〇パーセントであると認めるのが相当であるから、同割合で過失相殺すべきである。
三 請求原因3(損害)について
前記一の当事者間に争いがない事実、成立に争いのない甲一号証の一二ないし一四、証人野口たか子の証言により真正に成立したことが認められる同二号証の一ないし六、同三号証、同四号証の一ないし二四、同五号証の一ないし一四、同六号証の一、二、同七号証、同一一ないし一三号証、証人野口たか子の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 原告は、本件事故により、本件傷害を受け、昭和六一年二月九日から昭和六三年九月二九日までの間、小山脳神経外科内科病院、埼玉医科大学付属病院、埼玉県障害者リハビリテーシヨンセンター等に入通院し、また、昭和六三年一一月二六日以降は東松山市民病院に通院して治療を受けた。原告の症状は昭和六三年九月末日に固定し、同年一〇月一日以降、身体障害者等級五級に相当する体幹機能障害の後遺障害に加え、精神知能障害及び視力低下(右眼が視力一・五相当であつたところ、〇・〇二に低下)の後遺障害が残存しているから、運輸省自動車局長通達による「政府の自動車損害賠償保障事業損害てん補基準別表Ⅰ備考欄」によれば、右の後遺障害の併合により、原告の後遺障害は、少なくとも後遺障害等級四級に相当する。
2 右の事実を前提に原告が被つた損害は、次のとおりである。
(一) 治療費 合計 一二二万四九〇〇円
原告が本件事故による前記1記載の傷害を負い、次のとおり小山脳神経外科内科病院外に入通院をして支出した治療費は合計金一二二万四九〇〇円であつた。
(1) 小山脳神経外科内科病院 四六万七七三〇円
(2) 埼玉医科大学付属病院 四七万四四八〇円
(3) 埼玉県障害者リハビリテーシヨンセンター 二七万八五七〇円
(4) 東松山市民病院 四一二〇円
(二) 付添看護費 合計 一〇一万七〇一七円
原告は、小山脳神経外科内科病院入院中、次のとおり付添看護を要した。
(1) 近親者付添分 二万四〇〇〇円
昭和六一年二月九日から同月一四日までの六日間は近親者が付添看護をし、その間の近親者付添看護料は、一日当たり四〇〇〇円に相当し、計二万四〇〇〇円に相当する。
(2) 職業付添人分 九九万三〇一七円
同年二月一五日から同年六月一〇日までの一一六日間は職業付添人による付添看護を要し、その間の付添費用として金九九万三〇一七円を支出した。
(三) 入院雑費 一〇一万二八〇〇円
原告は、本件事故により昭和六一年二月九日から同年六月一一日まで小山脳神経外科内科病院に、同日から昭和六二年五月三一日まで埼玉医科大学付属病院に、昭和六二年九月二八日から昭和六三年九月二九日まで埼玉県障害者リハビリテーシヨンセンターに各入院した。この間の入院雑費は、一日当たり一二〇〇円に相当し、原告は、右のとおり、八四四日間入院しているので、この間の入院雑費は、合計金一〇一万二八〇〇円に相当する。
(四) 休業損害 六六〇万八四五六円
本件事故日から埼玉県障害者リハビリテーシヨンセンターを退院した日の翌日である昭和六三年九月末日まで、原告は、一切の仕事に従事できず、本件事故当時原告が勤務していた株式会社ホンダライフも本件事故の直後である昭和六一年二月二〇日に退職せざるをえなくなり、本件事故のため収入がこの間全く得られなかつた。
原告は、昭和三六年一二月一〇日生まれで、本件事故当時は二四歳であり、昭和五五年城西大学付属川越高校を卒業後、専門学校を経て、稼働を開始したものであるから、昭和六一年賃金センサス第一巻第四表の産業計・企業規模一〇〇から九九九人・男子労働者新高卒の二〇歳から二四歳の年齢階層別平均給与額(月額)二〇万八九〇八円に昭和六一年二月一〇日から同六三年九月三〇日までの日数(三一月一九日)を乗じて得られた六六〇万八四五六円が本件事故による休業損害に相当する。
(五) 逸失利益 六二七九万四六六五円
原告には、本件事故により、前記1のとおり、後遺障害等級四級に相当する後遺障害が残存しているところ、右後遺障害による労働能力喪失率を一〇〇分の九二とし、労働能力喪失期間を本件傷害の症状固定時(昭和六三年九月末日)から就労可能な六七歳に達する平成四〇年までとし、その間の平均給与年収額を昭和六一年賃金センサス第一巻第四表の産業計・企業規模一〇〇から九九九人・男子労働者新高卒の全年齢平均給与額(年額)三九七万七八〇〇円として計算し、これにライプニツツ係数一七・一五九〇を乗じて計算すると、原告の右後遺障害による逸失利益は合計金六二七九万四六六五円となる。
(計算式)
三九七万七八〇〇円×〇・九二×一七・一五九〇=六二七九万四六六五円
(六) 慰謝料 一七〇〇万円
原告の、前記1認定の本件傷害の部位・程度、入通院の期間等を考慮すると、原告の本件傷害に対する慰謝料は四〇〇万円、また、前記1認定の後遺障害の部位・程度を考慮すると、原告の後遺障害に対する慰謝料は一三〇〇万円、合計一七〇〇万円をもつて相当と認める。
(七) 過失相殺
本件事故により原告が被つた損害は、前記(一)ないし(六)の合計金八九六五万七八三八円となるところ、原告には、前記二4認定のとおり、本件事故発生について八割の過失があるから、右過失割合額を控除すると、原告の損害額は、金一七九三万一五六八円となる。
(八) 弁護士費用
弁論の全趣旨によると、原告は、本訴の提起・追行を原告代理人に委任し、報酬の支払いを約したことが推認される。そして、本件事案の内容、審理経過、判決認容額等を考慮すると、原告の損害となるべき弁護士費用相当損害金は、一八〇万円をもつて相当と認める。
四 結語
以上の次第で、被告は、原告に対し、本件不法行為に基づく損害賠償として、前記三2(七)、(八)の各損害合計金一九七三万一五六八円及びこれに対する本件不法行為の発生日である昭和六一年二月九日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
よつて、原告の本訴請求は、右認定の限度で理由があるから、その限度で認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 塩谷雄 都築政則 田中千絵)